「やり続ける」 佐々木登羽
埼玉に住んでる早起きテクニシャン、ヨイショ部門部門長のやまもというたからバトンを受け取りました。地球社会共生学部3年佐々木登羽です。拙い文章になりますが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。
私は去年の10月から今年の2月までマレーシアに留学していました。約4ヶ月間の留学中、そのほとんどの時間を睡眠とビリヤードと寮でのパーティーに費やし、ボールに触ったのはたったの2回。そんなとんでもない生活を送った結果、帰国後サッカー部に戻るとボールが全く足に付かず、得意としていたドリブルが全て引っかかるという非常事態に陥ってしまいました。また走りのトレーニングでは肺がキツすぎて悲鳴をあげ死にかけてしまいました。そこから約1ヶ月間、何も上手くいかない暗黒期が続き、このままでは関東リーグどころかIリーグすらも出られないのではという焦りが生まれてきました。
そんな中迎えた沖縄遠征のトレーニングマッチ、ホワイトボードを見ると自分のマグネットは3本目の右サイドハーフ。その日の最終試合である3本目にして本職である左サイドすらやらせて貰えないという事態に直面し、ついにこんな所に辿り着いてしまったかと絶望しました。全ての原因は4ヶ月間ダラダラしていた自分にあるためその現実を受け入れざるを得ませんでしたが、どうすればいいのかすら分からなくなってしまいホテルで鬱になりながら悩み続けていました。
すると沖縄遠征最終日前日の夜、僕の死んだような顔を見た、対人(タイ人)の鬼よしたかさんが温泉で話を聞いてくれてました。人に話したおかげで何となく心が楽になり、とにかくやるしかないという前向きな気持ちになることが出来ました。そして翌日、トレーニングマッチで帰国後初ゴールを決めることができ、ドリブルもなんとなく調子が戻ってきたような感覚がしました。そしてその後1ヶ月ほど調子がいい日が続き、4月にはトップチームにあがることができました。
しかし調子が良かったのも束の間、迎えた関東リーグ第2節亜細亜大学戦。後半からの出場でしたが、約1年ぶりに立つ関東のピッチに緊張したのかミスを繰り返してしまい、その試合で全ての自信を失ってしまいました。酷すぎる内容ではありませんでしたが何故かもう何も上手くいかないような気がしてきてしまい、それから練習ですら消極的なプレーが増えていきました。その後怪我もあり1ヶ月半ほど試合に絡めない時間が続き、もうこのまま何も出来ずに終わるんだという挫折のような感覚を味わっていました。
再び沖縄遠征の時の鬱のような気分になり練習に行くのすら嫌になりかけてた時、裕真がこんなアドバイスをくれました。
「苦しい時こそできること全部をやり続ける」
この言葉を聞いてようやく、自分には挫折する資格すら持っていないということに気づきました。ストレッチも自主練も筋トレもせず、上手くいくための努力を何もしてないくせに、「もう無理だ」、「辞めたい」などと弱音を吐き、挫折だと錯覚して問題から目を背ける。そんな情けない醜態を晒していることに気づき、とても恥ずかしい気持ちになりました。
それからは練習前後と寝る前に入念にストレッチをし、練習後も筋トレや自主練をやるようにしました。すると少しずつ自信がついてきて、自分でもやれるんだという気持ちが増えていきました。そして段々と試合にも絡めるようになってきて、関東リーグ第11節城西国際大学戦では関東初ゴールと初アシストをすることができました。
まだまだチームに貢献出来ているとは言えませんが、少しずつ成長出来てるように感じます。必ず2部に昇格して笑顔で終われるようにこれからも今まで以上に努力を続けて、サッカーに真っ向から取り組んでいきたいと思います。
次のブログはドリブル研究会のもう一人のメンバーである井りうとくんです。高校から6年の付き合いになりますが、青学一陽キャの彼は今でも笑顔にしてくれます。どんなブログを書いてくれるかとても楽しみです。
2026/06/17 18:42