『憧れ』/藤木速人
10月半ばにサッカー部を引退してから、同期と比べて一足遅い就職活動に追われている。去年の韓国遠征で徹夜をしながら就職活動をしていた同期の姿に尊敬の念を抱きつつ、就職活動で鍛えた文章力をここで発揮しようと思う。
都立駒場高校出身、3年の藤木速人です。
小学校から振り返るには長すぎるサッカー人生なので、「大学4年間について」をここに綴ろうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると幸いです。
10月25日、サテライトB(Cチーム)で回り回ってきたキャプテンマークを腕に通し、シーズン最後の試合を3-2で勝利を収め、引退を迎えた。関東リーグのユニフォームに袖を通すこともなく、華やかと言うには程遠いサッカー人生の幕引きだった。
そんな中でも、みんなに囲まれ、祝われながら終わったサッカー人生は何にも変えがたいくらい幸せな時間だった。
大学でサッカーを続けようと決めたきっかけは、些細なものだった。全国大会優勝正ゴールキーパの沼田、準優勝副キャプテンの寺岡、サッカーをしたことある人なら誰もが知っているJリーグ下部組織の面々。ワクワクせざるにはいられなかった。
「俺でも少しはやれるんじゃね?」と少しの期待と少しの不安を持ちながら始動した1年生の初シーズン。
何もできなかった。
運よくサテライトA(Bチーム)に入れたものの度重なる怪我でプレーした覚えはほとんどない。それは2年でも同じだった。同期が伸び伸びとプレーをして成長し続ける中、置いてかれている感が否めずに、サッカーから逃げていた時が何度もあった。
今考えれば本気で向き合って、失敗することに恐れていたのだろう。「CLに出る」と本気で夢を語り、毎日を全力で取り組む同期が輝いて見え、そんな人たちについていくだけでも精一杯だったが、それが毎日サッカー部に来る理由だったのかもしれない。そんな奴らと一緒に入れることが楽しかった。
3年生はオーストラリアにいた。怪我の多すぎる日々に疲れていたのかもしれない。当時の彼女に振られて踏ん切りがついたのかもしれない。理由は色々あるが渡航を決め、そこでもサッカーは続けていた。そのチームでよく白熱した議論は「私が所属したオーストラリアチームvs青学サッカー部」。当たり前に青学サッカー部の方が強いと感じていたため、関東リーグやIリーグのYouTubeを見せつけ、青学がどれだけ強いチームかについて熱く語っていた。
海を隔てても誇りに思えるほどのチームだった。
帰国後のラストシーズンは怪我からスタートだったが、例年とは比べ物にならないサテライトBの強さに圧倒されながら楽しい日々を過ごした。いつまで経っても成長しない1年、逆に大人び過ぎている2年、同期かと思えるほどの3年。そしてこれまで一緒に頑張ってきた同期との毎日は引退まで頑張ろうと思わせてくれた。
そして最初に言及した引退試合に戻る。
これまでサッカーを通じて関わったすべての人に感謝を伝えると同時に、16年間続けたサッカー人生に幕を閉じる。
ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございました。
同期への感謝、青学サッカー部については言及したので言及していない人たちへこの場を借りて感謝の気持ちを書かせてください。
父、母
16年間サッカーをさせてくれて本当にありがとう。文学部だからって感動的な文章は書けませんがここでしか書けないことを書こうと思います。コロナ禍から自身のサッカーを見せられる機会も減り、自分も見られることから正直逃げていました。なんか恥ずかしくて、見せられるほどのプレイヤーでもなくて。と思っていました。そんな中でも挫折しかけた時には静かに見守ってくれて、ずっと気にかけてくれて、心の支えでした。引退試合ではボロボロだったけどプレーをしている姿を見せて終われてよかったです。
これからたくさんの迷惑かけるかもしれないけどよろしくお願いします。
弟
このブログを見ているか、すらもわからないけど、もし見ていたら。夢をあきらめないで欲しい。プロになれとは言わないから、全力でぶつかってプロになれたらラッキーだし、その力はあると思う。時間があったら試合も見にいくし、これからたくさんの経験すると思うけど、とりあえず大学卒業まで頑張れ。一番応援している。
長くなってしまいましたが、改めて最後まで読んでいただきありがとうございました。
2026/01/02 18:37