名古屋産業大学サッカー部 オフィシャルサイト

アクセスカウンターアクセスカウンターアクセスカウンター
〜小崎塾〜コロナ禍のトレーニング
コロナ禍のトレーニング

育成年代の指導をしていると、自己表現の乏しい選手が多い。そういう選手に対して、まず大きな声で挨拶をするようにと促すところから始まる。
トレーニングでもコーチングを含め、チームを鼓舞する声などなど声を出して意思疎通を図りなさい。と教えてきた。

現在はコロナの影響で三密を避けるという事が新しい生活様式の定番である。サッカーのトレーニングにおいても密を避ける為に、集合時はかなり気を使う。

私の経験からすると、大きな声で挨拶しなさいよ。気がついた事はプレー中にコーチングをしなさい。など教えてきたものの、全てのことにおいて選手自身が意識して実行しないと身につく速度は遅い。条件反射や反復練習で身に付けさせる時間は少ない。

昔、声を出させるためにやったトレーニングで、対人プレーやゲーム形式のトレーニングにおいて、絶対声を出さないでトレーニングをしましょうとやってみた。
意識をしていない選手はついつい声を出してしまう。いつも声を出さない選手は「しめしめ」と思っていたかもしれない。
声を出してはいけないという「意識」を、させることで頭のトレーニングをした事が幾度とある。
意識の後は実行。
現在コロナ禍で声を出さないでゲームをさせることは、情報を仕入れるには目しかない。
コロナを避けるには大きな声で喋る事はもとより、喋らない事で意識と視野を広げる一石二鳥のトレーニングになる。
ちょっと無茶な話かもしれないが‥‥
2020/09/04 10:48
〜小崎塾〜 意識の先にある事


コロナの感染者が急激に増えている。
いつも練習前後、選手達には自分がコロナに感染しているつもりでオフザピッチの行動をする事。またコロナにかからないように気をつけてなど相当口うるさく言っている。
その事により選手それぞれがコロナ対策を意識する事は間違いのない事である。

サッカーにおいても、選手自身の意識レベルの違いがある。中学生であれば、夢に近い状況でプロになりたいという意識。大学生にもなれば、卒業後はプロになるんだという意識。
我々指導者から見て、アイツは意識高いよね。アイツは言う割にはちょっといい加減だねとか意識レベルの話をよくする。意識をさせるのにも一苦労するのであるが、意識の先にある行動。
これこそが大事であると考える。
コロナもそう。
コロナ対策をしなくてはいけないという意識はあるが、必ずマスクをしてることというとそうでは無い場合もある。徹底は出来ない。手洗いうがい消毒も必ずやれるかというとそうでもない。
サッカー面でもそう。
プロなりたい、なるんだという意識を持っていてもその先にある行動レベルの高低差が著しい選手が多い。
我々指導者は、まず意識レベルを上げる事に心血を注ぎ、その意識の先にあるものを選手達が一生懸命模索し、レベルの高い行動を実行することが大切である。

何とかこのコロナの状況で意識レベルのの向上を学び、今後のサッカー人生に活かしてもらいたいものである。
2020/08/12 16:21
〜小崎塾〜頑張る事の美学、頑張らない事の美学

体育会系で育った我々は、苦しくても辛くても頑張る事を良しとしてきた。当たり前のように頑張ることは良いに決まっている。しかしながら頑張る事、頑張らせる事が全て正しいかどうかは別である。

頑張る事で身体や精神がおかしくなることもある。頑張らせることで、元々好きで始めた事なのに嫌いになってしまうこともある。

現在は頑張らなくても良いんだよ。頑張ることが全てではないんだよ。という考え方もシチュエーションによってはあり得る。

ただ、物事を成就させるには頑張らなくては難しい。頑張らなくても成就出来るものってあるだろうか?

我々スポーツそれもアスリートを育てる側からすると、頑張らずして勝負には勝てないし、上を目指すことなど到底出来ないと考える。

体調が悪くても無理してトレーニングする事や、熱があっても学校に行く事が美学とされてきた昔。

現在はそんなに無理して身体がおかしくなったらどうするの?しっかり休みなさい。そんなに頑張らないで少しは立ち止まって考えてからまたスタートすれば良いんじゃない。という考えも浸透してきている。

どちらも正解である。

 

頑張ることは当たり前、頑張らない事も時には必要。この分岐点は難しい。

人として、またアスリートを目指す選手としては頑張る事は当たり前で、また無理というか150%で取り組む事が全てのレベルアップに繋がる。

 

頑張らない頑張れない選手は、本人は頑張っていると言っても常に頑張っていないように見られてしまう。

無理するな、頑張らなくても良いんだぞと言われる選手は、どこかでまた今までの中とんでもなく頑張ったからこそ、無理するなよと言われるのである。その線引きは簡単である。

どこかで無理をするぐらい頑張ってきた選手は、頑張らなくてもまた頑張れなくても自己判断出来る選手になっているはずである。

頑張ってきたこととか無理をさせられてきた事で、頑張らなくても無理をしなくてもいいと、自分でハッキリと判断できる選手は頑張る事、頑張らなくてもいい事どちらにも美学があるということを理解している人間である。

 

そもそも「頑張る」という言葉も抽象的で基準も曖昧ではあるが‥‥

2020/07/23 09:29
小崎塾〜何気ない生活〜

何気ない生活

 

2020年4月

今年の初めから新型コロナウィルスという新手の病気がジワジワと浸透し始め、4月には我々が経験をしたことの無い、未曾有の状況になっている。自分も含めて日本国中、生きている人全ての何気ない生活、子供は遊び学び、大人は働き、またお年寄りはのんびり余生を楽しみ、もちろん何気ない生活の中で苦しみや悲しみを抱えておられる人もいるでしょう。

しかし、今回のように何気ない生活の時間の中で、とんでもない危険や制約を受け、でもその危険がいつ、どこから身に降りかかり、どこでその危険を身近な人も含め他の人に巻き散らすか分からない。

我々指導者にとっても、選手達がやりたくてもスポーツ(サッカー)が出来ない状況が目の前に来るなんて想像すら出来なかった。

何気ない生活がいかに大切かつ素晴らしいことなのか分かりつつある。

 

このような何気ない生活を送る、以前も今も同じように人には24時間が与えられている。

その24時間の中で、生きるという目的を持って行動する事は、食事と睡眠、これはどんな時でも一緒。

それ以外の何気ない時間、学ぶ(勉強、サッカー)時間、これが今後どのように影響してくるのか非常に興味深いというか、怖い。

 

コロナ対策のそれぞれの基準。何気ない時間のそれぞれの学びの基準。

やはり具体的な事を掲げて実行できるか否か。

これが大切。

我々指導者は沢山の経験、勉強、情報収集から具体的な意識を選手に持たせる事でそれぞれの基準を上げさせていく事が大事だと改めて痛感する。

 

この厳しい状況の中、それでも何気ない時間が流れ何気ない生活は続く。

今までの何気ない生活が送れることに有り難さを感じられる様になり、何気ない時間の中にもしっかりとした具体的な行動をとる事が出来る様にしたいものである。

2020/06/28 20:47
小崎塾〜察しの文化〜
察しの文化

日本は昔からおもてなしなど、気配りを重んじてきた文化がある。
私の座右の銘である「予測と配慮」も色々なことを予測してそこに気配りをしましょう。
という考え方である。
サッカーにおいてもパスの受け手がどの様な態勢で、どの様なスペースでボールを受けたいのか予測してボールの転がり方や回転を考え、受けやすいボールを配給する。
このように考えると予測と察するは同義語である。しかしながらサッカーではなく、一般的な生活の中において、色々な事を察する事の難しさ。
ある選手と違う選手に同じ指摘をする時に、相手の感受性とか性格を察して、どの様なアプローチをすれば良いかを考えてアプローチをしてきた。
そういう考え方でいけば、察するという事の重要さが分かってくる。
また相手の気持ちを察しながら物事を進めていくという社会人時代に培ってきた事が、指導者になって存分に発揮出来ている事も事実。
今後選手にも若い指導者にも「察する」事の大切さを説いていこうと思う。
2020/02/16 16:34
小崎塾 〜やればできる〜
やればできる。

昔からうちの子はやればできるのにやらないんだよね。とか言う親御さんが多々いました。
随分昔のことではあるが、やれば出来るんだ。から、やらせれば出来る。というように言って、結構無理強いをしてきた時期がある。

確かに、やらせることによってやれるようになる事の出来る選手もいる。ただやらされることによってメンタルが持たない選手の方が多い事に気がつく。
やはり自らやる事の意味と意義を理解させる事が先決。そしてやることによって選手自身が、成長を確認させられる言動を大人がしてあげられれば、やる事の大切さを理解するであろうと考える。
やればできる。という言葉は紛れもない事実ではあるが、出来るには、やり切るには、自らやらない限り出来るようにというか成長することには繋がらない。
勉強もスポーツも趣味も遊びも共通である。

我々指導者や親は選手の心の持ち方を最初に確立させることに注力すべきと思う。
2020/02/09 20:52
小崎塾〜大人〜
大人

私の話す内容にによく出てくるフレーズがある。中学生にも高校生にも大学生にも使うフレーズとして「大人」という言葉がある。
中学生には特に小学生から中学1年生になりたての選手に対して、またその選手の保護者に対しても彼らを大人として対応してあげて欲しい。と話をする。私達指導者も選手に「大人」を意識させることから始める。

大人という言葉には様々な基準がある。
社会では18歳か20歳で「大人」という扱いをする。
13歳で「大人」を意識させることの重要性は、名古屋FCでの20年強の経験の中で一番感じている事でもある。まだあるキーワードの中でも1番2番のキーワードである。
サッカーの指導者であれば誰でも知っている言葉がある。
“サッカーは子供を大人にし、大人を紳士にする”
という言葉である。
非常に簡単な言葉ではあるが、間違いのない、また重みのあるフレーズである。
しかしながらどういうことが「大人」であり、どういうことが「紳士」であることなのかは指導者のさじ加減一つで決まってしまう。
その中身を勉強、研究することが大切である。

サッカーに必要なツールとして技術があり、そのツールをグループとしてどのように使いこなし、チームとしてどのようなコンセプトで完成させるかがサッカーの面白さであるが、そのすべてを司るのが頭と心である。
その頭と心を作るのが子供よりも「大人」の方がより完成度が高くなるということ。

この「大人」にさせる沢山の経験と研究のおかけで、私の「大人」という引き出しは溢れ帰っている。

そのおかげと言っても過言ではないと思うが、私が0から始めた大学は8年でやっと「大人」ということに意識をし始めた大学生が多くなり、けっして上手くはないが、良いチームになりつつ勝てるチームになってきた。

このことから言っても、少しでも早く、できれば13歳から「大人」を意識させることが大事である。
2019/11/07 17:24
小崎塾〜理不尽〜
理不尽

我々のようなスポーツの世界ではよく理不尽という言葉が使われる。
社会においても理不尽はそこらじゅうにある。
私も社会人を30年もしてきたのでよくわかるつもり。
しかし理不尽にはこれといって基準がない。
例えば選手が頑張っているのに試合に出られない。とか何であの選手より俺の方が上手いのにアイツが出てるんだ。
何でアイツがレギュラーで、俺はサブメンバーなんだ。
アイツはチームの仕事もサボるし、自分勝手だし、俺の方が真面目にやってるのに…
とよく聞く。
理不尽は基準がない上に見るものによっては全然別物になってくる。
頑張っただけではレギュラーになれない。
でも頑張らなくてはレギュラーにもなれないし、本当の意味での本質が上がらないのも事実。
その理不尽という言葉に大義名分があり、それに甘えたり、文句をいう選手や大人がいる。
ここに落とし穴があることに気が付かないといつまでたってもレベルは上がらない。
とにかくひた向きに自分を信じてやり続けられるようにさせたい。
「理不尽」という言葉に惑わされないように!
2019/10/29 19:50
小崎塾〜生活習慣病〜
生活習慣病

世の中には生活習慣病というやっかいな病気がある。私もご多分に漏れず生活習慣病なるものの兆候がある。
育成年代のサッカーにおける様々な動きにも生活習慣病に似た事が数多くある。
トレーニングの中で「プレス」「寄せろ」。
ボールを奪われれば「切り替えろ!」などの言葉が行き交う。
ただ、その言葉と裏腹に寄せろと言われても現実的には寄せていない。
切り替えろと言われても切り替えているとは思えないのんびりさ。
我々が指摘しても本人は一生懸命寄せてもいるし、切り替えてもいると思っている。
まさに生活習慣病である。
無意識にやってしまうから、また何気ない生活のようなトレーニングではスキルの質も上がらないし、サッカーにおける闘うという原点からは程遠くなってしまう。
どの年代においても育成年代においてのトレーニングにおいては、このような生活習慣病から脱却しなくてはいけない。
2019/09/25 11:57
小崎塾〜予測と配慮〜
予測と配慮

座右の銘と言い始めて何年になるだろうか。かなり昔、昔と言ってもサッカーを教え始めて間もない20年近く前、自分の感覚でパスを出す選手に、受け手のスピードや状況を予測したらもう少し足元寄りのパスの方がいいんじゃない。
それともう少し優しくグランダーの方が良くない?というコメントを沢山したことを思い出す。
そのあたりから、そのパス思いやりないよね。とかそのパス味方にとってやさしくないよね。からもう少し味方が足が速いとか、相手が寄せて来そうだとかをもう少し予測をしてそこに配慮というか思いやりがあるともっといいよな。

それから、予測をするという頭の中の訓練は必要と感じ、学校生活など日々の生活の中において色々な予測をしてその先にちょっとした配慮や思いやりのある言動を心がけなさい。
ということを常々言ってきた。
横断歩道で信号が変わりそうだけど渡り始めようとしているおばあちゃんにさりげなく、信号赤になりますよ。と声をかけてあげたり、マンションに住んでいたら、エレベーターに乗る寸前に後から来た人を見かけたら、降りてすぐ1階のボタンを押してエレベーターを下ろしてあげるとか。
これぐらいのことは当たり前のことではあるが、今の育成年代の人は以外と出来ない。
日々の生活の中において予測と配慮をすれば、サッカーシーンに繋がると思い、私と関わるすべての選手に予測と配慮と言っている。
私も日々色々な予測をしながら、少しでも配慮出来るよう心がけている。
2019/07/03 15:21
1 2
Copyright©NSU FOOTBALL CLUB. All Rights Reserved.